東京地方裁判所 昭和23年(モ)1846号 判決
債権者 田中常尾
債務者 山田初枝 外一名
一、主 文
債権者と債務者等間の昭和二十三年(ヨ)第一七四八号仮処分命令申請事件につき、当裁判所が昭和二十三年八月五日にした仮処分決定はこれを取消す。
債権者の本件仮処分命令の申請はこれを却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
債権者は「主文第一項表示の仮処分決定を認可する」との判決を求め、その理由として次のように述べた。
債務者山田は訴外加藤あき子からその所有にかかる別紙目録<省略>記載の宅地十三坪四合(以下本件土地という)を賃借してその地上に建物一棟を所有し、債権者は債務者山田から右建物を賃借してこれに居住中、昭和二十年三月九日右建物は空襲により罹災焼失した。
債権者は右罹災建物の敷地(本件土地)に家屋を新築する目的で債務者山田に対し、昭和二十三年六月三十日差出同年七月四日到達の内容証明郵便で借地権讓渡の申出をした。從つてその後三週間の法定期間満了と共に、債権者は本件土地に借地権を取得したものである。
その当時本件土地は焼跡のまゝの空地であつたところ、債務者山田は債務者会社に請負わせて、本件土地の右隣(北側)に家屋を建築するにあたり、本件土地の内の右端(北部)間口二尺の部分にはみ出して基礎工事の土台を施行し、又昭和二十三年七月三十日頃から本件地上に間口一間半、奥行二間の無許可木造建物一棟を建築中である。この建物は屋根の瓦葺を終り、外壁は二方のみ下見を施してある程度で、床板はあるが、戸の溝、敷居、鴨居はない。
それでもし右建物が完成したり、或いは本件土地や右地上建物の占有が他に移轉されたりすると、債権者から債務者等に対する右建物收去土地明渡請求権の実行が不能又は著しく困難となるから、これが保全のため「本件土地及び右地上建物に対する債務者等の占有を解いて執行吏の保管に付し、現状不変更を條件として債務者等にその使用を許すが、債務者等はその占有を他人に移轉したり、右建物の建築工事を続行してはならない」旨の仮処分を求める必要がある。とかように述べた。
債務者等は主文第一、二項と同趣旨の判決を求め、次のように答弁した。
債務者山田が訴外加藤あき子からその所有の本件土地十三坪四合を賃借してその地上に建物一棟を所有し、この建物を債権者に賃貸して債権者がこれに居住中、昭和二十年三月九日の空襲で右建物が罹災焼失したこと、昭和二十三年七月四日債権者から債務者山田に債権者主張のような借地権讓渡の申出があつたことは認める。
然し債務者山田は昭和二十三年七月十六日差出同月十八日到達の内容証明郵便で債権者に対し、右借地権讓渡の申出を拒絶する意思を表示した。そして債務者山田が右申出を拒絶したのには次のような正当の事由がある。即ち
債権者山田は古く昭和七年頃から本件土地の右隣(北側)三十三坪余の土地を同一地主加藤から賃借し、その地上家屋で芸妓屋を営んでいた。そして昭和十七年頃日本橋浜町の借家で待合(後に料理屋)を開業することになつて、右芸妓屋は母の営業名義に改めたが、実際は債務者山田が営んでいた。もちろん芸妓屋と待合(又は料理屋)は互いに密接な関係連絡のある商賣であるから、債務者山田が右の待合を始めるについては、從來から営んでいる芸妓屋に隣接する本件地上の家屋(罹災建物)でやりたかつたのであるが、本件地上の家屋は昭和十四年頃から債権者に賃貸してあつてこれが明渡を求めるわけにもいかなかつたので、やむを得ず日本橋浜町の借家で開業したのである。ところが、たまたま前記昭和二十年三月九日の空襲で本件地上の家屋(北側隣地の家屋共)が罹災焼失すると間もなく、債権者は債務者山田に焼失借家の敷金の返還を請求し、その支拂を受けてこゝに本件地上家屋(焼失家屋)の賃貸借関係は終了し、爾來債権者は前記内容証明郵便による借地権讓渡の申出まで、唯の一回も本件土地に家屋建築の希望ある旨を債務者山田に通じて來たことがなかつたのである。
こうした事情のもとにこの際債務者山田が本件土地と北側隣地とで芸妓屋と料理屋(この二つの営業は同一建物では許されない)を営みたいというのは極めて自然のことで、無理のない希望というべく、丁度隣地約三十三坪の方は料理屋に恰好であり、芸妓屋は比較的小さい家屋で間に合うので、債務者山田は本件土地に芸妓屋を営むべき小さい家屋を建て、隣地に料理屋を営む家屋を建築すべく計画し、昭和二十一年二月十二日債務者会社との間に右二棟の家屋の建築工事請負契約を締結したのである。
その際、債務者山田は永年住みなれた隣地の焼失家屋の間取りその他の設計に断ちがたい執着を覚え、その罹災跡地に新築する家屋の大きさ、間取り等は旧家屋と同一に設計して債務者会社に建築を依頼したのであるが、その建築許可申請書に地主の承諾印を求めたところ、地主は右隣地の内北側間口三尺通り四坪程を返地しなければ調印しないといつて右四坪程の返地を求めたので、債務者山田はやむを得ずこれに應じた。そのため地積が若干狹小となつたので、債務者山田はできるだけもとの設計を維持しつゝ、その一部を変更して、漸く建築許可を受けたのであるが、結局これがために新築家屋の玄関は道路に面して造ることができなくなつて、これを家屋の横側に、本件土地の一部(北部)にまたがつて取つけねばならなくなり、從つて又本件土地の一部を右家屋の敷地に取入れて道路から玄関に至る通路とせざるを得なくなつた。しかもこのことは債権者から借地権讓渡の申出があつた半年以上も前に決定したことであつて、債務者等は昭和二十三年五月頃基礎工事に着手し、同年八月五日本件仮処分執行当時には右基礎工事は既に完成していたのである。そして本件地上に建築すべき小さい家屋(芸妓屋)は右隣地の大きい家屋(料理屋)の建築余材を用いる等の関係から工事を後廻しにしたに過ぎないのであつて、その建築準備は右讓渡申出前既にしてあつたのであるから、こうした場合債務者山田が債権者の借地権讓渡の申出を甘受せねばならぬ理由はない。
これに反し、債権者は前記のように昭和二十三年六月三十日附の内容証明郵便により借地権讓渡後の申出をしたのみで、その前後を問わず、口頭でも書面でも、又本人直接でも人を介して間接にでも、唯の一回も本件土地に家屋建築の希望ある旨を債務者山田に通じたことがなく、果してこゝに家屋新築の意思があるのか否かその眞意が疑われる。しかも債務者山田の建築請負人たる債務者会社(東京支店長鈴木六郎)が本件仮処分執行による工事の遅延を心配して債権者代理人近藤弁護士と交渉の上、本件土地以外の適当の候補地を物色し、その借地権入手には債務者山田の方でも相当の出捐をして協力すべく、地主の了解まで得て、その旨債権者に申入れたに拘らず、債権者は何等の理由も示さずにこれを拒絶した。もともと芸妓屋(債権者も從來本件地上家屋で芸妓屋を営んでいたもの)は店頭賣買等のように客の來る商賣でないから、営業許可区域内であれば場所の如何はさ程影響がない筈である。もちろん從來住みなれた本件土地に比べれば若干の不利不便はあるかも知れないが、本來の借地権者たる債務者山田もこの土地を必要とするのであれば、單にその地上家屋の借家人であつたに過ぎない債権者としては、その営業上に支障のない限り多少の不利不便は忍んでも讓歩し、他の候補地に甘んずべきが條理であると信ずる。
以上の如き事情で、債権者は本件土地につき債務者山田の切実な必要を排除してまでも、罹災都市借地借家臨時処理法(以下單に処理法と略称する)の保護を受くべき理由がなく、債務者山田が債権者の同法に基く借地権讓渡の申出を拒絶したのは正当な事由があるものというべきである、とかように述べた。
債権者は債務者等の右の主張に対し次のように述べた。
本件地上家屋の罹災焼失後、債権者が債務者山田から敷金の返還を受けたことはこれを認めるが、賃貸借の目的たる家屋が焼失した以上、賃貸借関係は当然消滅するのであるから、その清算行爲として、当事者間において未拂賃料を支拂つたり敷金の返還を受けることは当然のことで、別段借地権讓渡の申出を拒絶する理由とはならない。
債務者山田が本件土地に芸妓屋を営むべき小さい家屋を建てる計画で、昭和二十一年二月十二日債務者会社との間にその建築工事請負契約を締結し、債権者からの借地権讓渡申出前既にその建築準備をしていたこと隣地の大きい家屋の基礎工事を昭和二十三年五月頃に始めたことは否認する。
もし債務者山田が自家用家屋の新築を必要とするなら、罹災前まで自家用家屋の存在していた北側隣地に建てれば足るわけで、何も債権者の必要とする本件土地に迄入り込んで建てる必要はない。而して右隣地三十三坪余の内約四坪を地主に返地したゝめ地積が若干狹少となつたとしても、その残部の地積はなお約三十坪あり、その間口は三間三尺あるから、こゝに建てる家屋の玄関を直接道路に面して設ける余裕は十分あるわけで、強いて家屋の横側に、本件土地にまたがつて設けねばならぬ理由はない。
債務者山田が日本橋浜町の借家で営んでいた料理屋(家号山路)は戰時中休業となり、債務者山田は爾後再びこゝで営業はしない意思で、その借家を任意家主に返還したのであるから、これは処理法の適用を受けず、從つて債務者山田が終戰後そこで営業できなくなつたのは致しかたのないことで、それだからとて、債務者山田が本件土地を使用する必要ありとして債権者の借地権讓渡申出を拒絶する正当の事由とはなり得ない。
ことに柳橋の三業組合では一人で二業を営むことを禁じている。それを債務者山田は一人一業主義に反して、隣地で料理屋を営み本件土地で芸妓置屋を営もうというのであれば、債権者のように一人一業すらできない者に比べて、債務者山田の本件土地使用の必要の程度は明らかに弱いのみでなく、債権者が永年柳橋檢番で芸妓を営み、その特典として得た芸妓置屋業の権利を失わせてまでも、債務者山田がこゝで二業を営もうというのは余りに横暴非道な欲望というべく恐らく組合もこれを許可する筈がないのである。なお、本件土地に建物を建築所有するものは債務者山田であるとしても、この建物で芸妓置屋を営むのは名義上も実際上も同人の母親である。とすれば本件土地を現実に使用する必要のあるのは債務者山田以外の第三者であるというべく、債務者山田は処理法にいわゆる自ら本件土地を使用する必要あるものとはいゝ得ない。のみならず、債務者山田は現に本件土地の南側の道路向うにも他人名義で芸妓置屋業を営むための建物を新築完成しているし、熱海市で芸妓置屋、伊東市で旅館を経営しているから、その上本件土地を使用する必要はない。
債権者の借地権讓渡申出が遅くなつたのは、債権者としては予じめ借地権讓受けの代金や建築資金を用意しておかなければ折角借地権の讓渡を受け得ても、その後法定期間内に建築にかゝれないと讓渡契約を解除される恐れがあるので、債権者はこれらの資金を準備するのに手間どり、更に債務者山田に右申出をしようとするにあたつて、その疎開先を尋ねるのに手間どり漸く同人が靜岡縣田方郡伊東町(現在伊東市)の山湖旅館に疎開しているを知つて申出をしたわけで、債権者に責めらるべき点は少しもない。
債務者会社(東京支店長鈴木六郎)が示談案として本件土地に代る候補地として見つけた土地というのは、その位置等の点において本件土地に比し雲泥の差があつたので、債権者はこれを拒絶したのであつて、決して当事者間に妥結した示談案を理由なく一蹴したわけでない。
以上の次第で債権者の借地権讓渡申出に対する債務者山田の拒絶には正当の事由がない。とかように述べた。
債務者等は債務者山田が債権者主張のように本件土地の近くに他人名義で芸妓屋を営むべき建物を新築所有していること、熱海市や伊東市で芸妓屋を旅館を経営していることは否認すると述べた。
<立証省略>
三、理 由
債務者山田が訴外加藤あき子からその所有の本件土地十三坪四合を賃借して、その地上に建物一棟を所有し、この建物を債権者に賃貸して債権者がこれに居住中、昭和二十年三月九日の空襲で右建物が罹災焼失したこと、及び債権者が昭和二十三年六月三十日差出同年七月四日到達の内容証明郵便で、債務者山田に対し、右罹災建物の敷地(本件土地)の借地権讓渡の申出をしたことは当事者間に爭いがなく、債権者の右申出に対し、債務者山田が昭和二十三年七月十六日差出同月十八日到達の内容証明郵便でこれを拒絶する旨の意思を表示したことは、債権者の明らかに爭わないところであるから、これを自白したものとみなす。
よつて債務者山田の右拒絶に正当の事由があるかどうかについて考察する。
(一)原本の存在とその成立に爭いのない乙第一ないし第四号証、成立に爭のない乙第六号証の一、二第七第十号証の各記載、証人長谷川亀之助鈴木六郎(第一、二回)の各証言、右鈴木証人の証言(第一回)により成立を認め得る乙第五号証一應成立を認められる甲第四号証の各記載を綜合すると、次のように一應認め得る。
債権者山田は古くから本件土地約十三坪と北側隣地約三十三坪とを訴外加藤から賃借していた。隣地約三十三坪の方には昭和九年頃から延坪三十八坪余の二階家一棟を所有し、そこで芸妓置屋業を営み、本件土地約十三坪には昭和十二年頃から延坪二十七坪余の三階家一棟を所有し、この家を昭和十四年頃から債権者に賃貸し、債権者もこゝで芸妓置屋業を営んでいた。債務者山田は昭和十七年頃から日本橋浜町の借家で待合業(後料理屋に変更)を営むことになつて柳橋(前記の隣地)の芸妓置屋業は母の営業名義にしたが、事実上は債務者山田がこれを経営していた。
ところが昭和二十年三月九日の空襲で本件地上家屋も北側隣地上の家屋も共に罹災焼失し、その後一週間位たつて債権者から敷金返還の請求があり、債務者山田は未拂家賃を差引いてその支拂をしたが、爾來債権者からは何等の音沙汰がなかつた。そして債務者山田が浜町で料理屋を営んでいた借家(約四、五十坪の家屋)も戰災で焼失したが、その敷地の地主はこれを債務者山田に貸すことを承諾しなかつたので、債務者山田は本件土地に芸妓置屋を営む家(小さい家)を建て、北側隣地に料理屋を営む家(大きい家)を建てる計画をたて、債務者会社に右大小二棟の建物の設計を依頼し、その建築を請負わせた。その際北側隣地に建てる家の坪数や間取り等は焼失した家(元芸妓置屋業を営んでいた家)と大体同じ様に設計したのであるが、その建築許可の出願に当つて、地主加藤の承諾印を求めたところ、地主加藤は北側隣地約三十三坪の内、北部の間口三尺奥行八間位約四坪を返地しなければ承諾印をおさないというので、債務者山田は己むなく右約四坪を地主加藤に返地してその承諾印を得、昭和二十二年十一月七日附で建築認可を受けることができた。
然しこれがため当初の設計通りの家が建たなくなり、その設計を変更しなければならなくなつたので、己むを得ず、当初玄関は東側道路に向つて設計してあつたのを南側の本件土地の方につけるように変更し、そのためこの玄関の一部が本件土地に約一坪余はみ出すことになり、又東側道路からこの玄関に出入する通路としても本件土地の一部を使用せねばならぬことになつた。そして本件土地に建てるべき小さい家は建築材料や工事現場の都合上北側隣地に建てる家の建築後に建てる予定で諸般の準備をし、隣地建物(玄関の一部は本件土地にまたがる)の建築に着手するばかりになつていた。その時前記のように昭和二十三年七月四日債権者から本件土地の借地権讓渡の申出があつた、とかように一應認定される。
とすれば、次に認定するように債権者が永らく芸妓置屋を営んでいた本件土地で再び同業を営みたいというのは極めて無理からぬことであるが、債務者山田としても、右のように、もともと柳橋と浜町で芸妓置屋と料理屋を営んでいたのであるからこの浜町の土地が再び借りられない以上、本件土地と北側隣地で右の二業を営みたいというのも、これ亦極めて自然の情で、その点両者の間に大した差異は見られない。
(二)柳橋の三業組合では一人が二業を営むのを禁止しているから債務者山田の二業を許可する筈がないという債権者の主張事実は疎明されない。
(三)債権者本人訊問の結果によると債権者は現在適当な家がないため芸妓置屋を営むことができず、七人家族で間借生活という気の毒な状態にあることがうかゞわれ、その住居や生計の安定を得るため、本件土地に家を建てたいという希望と必要の切なることは察するに難くない。けれども債権者が本件土地以外の場所では芸妓置屋を営み得ない、どうしても本件土地でなければ住居と生計の安定を得られないという程の事情はうかゞわれない。現に前記鈴木証人の証言(第二回)と乙第五号証の記載及び債権者本人訊問の結果を綜合すると、本件仮処分執行による建築工事の遅延を心配した債務者会社(東京支店長鈴木六郎)は本件土地にかわる替地を債権者に提供して示談解決しようと試み、柳橋の芸妓置屋の許可地域内に約二十坪の土地を物色しその借地権利金の一部は債務者山田の方で負担する積りで、地主と借地方を交渉の上、これを債権者に提供すべく申出ていることが認められる。もちろん、そうした替地がその所在場所からみて芸妓置屋の営業上本件土地に匹適する程有利な場所であるかどうかは必ずしも明白ではないが少くともそうした替地では生活の安定が得られず、債権者にとつて本件土地の使用がどうしても必要であるという程の事情は債権者の疏明資料からはうかゞい得ない。
(四)他方債務者山田としては、前記認定の如く債権者からの申出前、既に北側隣地の一部を地主に返地してしまつたゝめ、この隣地に建てるべき家屋の設計を変更して、玄関の敷地及び通路として本件土地の一部を充てるの己むなきに至つた事態において、もし債権者の右申出に應じ本件土地の借地権を讓渡すれば單に、債務者山田にとつても有利な本件土地での芸妓置屋ができなくなるばかりでなく、既に建築に着手するばかりになつていた隣地建物の設計を更に変更しなければならなくなつて、それまでの計画や準備がそごし、種々の不利支障をきたすことも推察にかたくないのであるが、これに反し、債権者の方では本件借地権讓渡の申出迄に何等かの建築準備をしていたという疏明はないのであるからこの点においてはむしろ債務者山田が本件土地の使用を必要とする程度が、債権者のそれに比して大きいものといゝ得よう。
債権者は、北側隣地の面積は債務者山田がその北部の約四坪を返還した後もなお約三十坪あるのであるからこの敷地内に建築し玄関は東側道路に面して取付ければ十分であつて、玄関を家屋の南側にし、しかも本件土地内にはみだしてまで取付ける必要は毛頭存しないと主張するけれども前記乙第四号証、第六号証の一、二第七号証、第十号証及成立に爭のない乙第八号証によると債務者山田が右の一部返還後北側隣地に建築を計画し認可をうけた家屋は罹災前の家屋に比し建坪において二坪余、延坪において八坪余を減少しているのであるが、屋内の間取りその他の構造を営業に適するようにする爲に玄関を南側につけることゝした結果その一部が本件土地にはみでるようになつたものと認められるのであつて債権者より本件土地の賃借について何等の申出のなかつた当時においてかような設計をすることはさして不当ともいゝ得ないし、債権者主張のように北側隣地の約三十坪内での建築が技術上可能であるという理由から直に債務者山田の本件土地使用の必要性が存しないものといゝきることは相当でない。要するに債権者としては、せめて債務者山田がそうした困つた事態にならぬ前に、もつと早く申出をすべきであつて債権者の申出は少くともその時機を失し、遅きに過ぎたというべきであろう。
(五)債権者は、債務者山田は本件土地の近くに芸妓置屋を営むための建物を新築完成しているし、熱海市で芸妓置屋、伊東市で旅館を経営しているから、その上本件土地を使用する必要はないと主張するが、証人卷島太郎の証言及び債権者本人訊問の結果のみでは、前記鈴木(第二回)長谷川証人の各証言及び乙第十号証の記載に照して、未だ右事実を疏明するに不十分というべく、外に別段の証拠はない。又本件土地上に建てる家で芸妓置屋を営むものが債権者主張のように名義上のみならず実際上も債務者山田の母親であるという疏明も十分でない。
以上(一)ないし(五)の事実を綜合すると債務者山田が債権者の本件土地借地権讓渡の申出を拒絶したのは結局正当の事由があるものと認められるから債権者の前記借地権讓渡の申出はその効力を生ずるに由なきものと解するの外なく、債権者が右申出により本件土地の借地権を取得したことを前提とする債権者の本件仮処分申請は失当として却下を免れない。從つてさきにこれを認容してなされた主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條仮執行の宣言につき同法第百九十六條を適用して主文のように判決する。
(裁判官 岸上康夫 武藤英一 緒方節郎)